14世紀~16世紀に美術・音楽・文学・哲学の分野において興った文化運動。この激動の時代を「ルネサンス期」と呼び、イタリアを発端にヨーロッパ各地に広がったこの活動の中で、後世に語り継がれる世界的な偉人や美術作品が生まれていきました。本シリーズではルネサンス期を代表するイタリアの芸術家「レオナルド・ダ・ヴィンチ」「ミケランジェロ」「ラファエロ」を中心にイタリア芸術について紐解いていきたいと思います。

第7回目は、ミケランジェロのフレスコ画に注目していきます。人生後期に力を注いでいたのは、意外にも本職と自負していた彫刻ではなく、壮大な絵画でした。システィーナ礼拝堂に描かれた2つの作品は、結果としてミケランジェロの最大の代表作にして傑作となりました。意外な裏話も含めてご紹介していきます。(2021年12月28日更新)

画像1: イタリア芸術 三大巨匠が交わる奇跡の世界線 <第7回>『画家ミケランジェロ ~後半生をかけた魂のフレスコ画~』【好奇心で旅する海外】<芸術百華>

ミケランジェロについてはこちらが最終回となります

運命の出会い③ 嫌々はじまった?!ユリウス2世に命じられた天井画制作

そもそも、前回までのエピソードでもお話した通り、ミケランジェロは自分を‟彫刻家”として考えていました。そんな彼にしてみれば、彫刻制作こそが望む仕事であり、当時の教皇ユリウス2世によってローマに召喚されたのも、当初は教皇自身の霊廟を制作するためでした。彫刻家ミケランジェロにとって、自らの芸術の力を最大限に発揮できる舞台だったのです。

ラファエロが描いたユリウス2世

ところが、ミケランジェロが霊廟のために一年かけて掘り出した大理石をローマに運んだ頃、ユリウス2世の気持ちは既に霊廟作りからは離れていました。
ユリウス2世がミケランジェロに命じたのは、システィーナ礼拝堂の天井画制作だったのです。

愕然として怒るミケランジェロ。このユリウス2世との出会いが、ミケランジェロの後半生の進路を少しずつ変えていきます。

怒ったミケランジェロは、せめてもの抵抗として、教皇に置き手紙を残してローマから逃亡します。

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今後ローマで私を探そうとしても、無駄です。

とはいえ、相手は教皇。さすがにそれ以上逆らうことはできず、やむなく天井画制作を引き受けることになりました。ミケランジェロが33歳の時でした。

やると決めたら突き進む男、ミケランジェロ

制作がはじまって早々、ミケランジェロは父親に宛てて下記のような手紙を書いています。

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制作が大変なうえ、本職でない画家の仕事をさせられるのはしんどいし、時間の無駄です。

そういう訳で渋々はじまったシスティーナ礼拝堂の天井画制作ですが、元来の職人気質は絵画の分野においても発揮されることになります。

まず、ミケランジェロは当初ユリウス2世が考えていた構想に真っ向から反対します。
ユリウス2世は天井に聖書の物語、十二使徒を描く計画を伝えますが、ミケランジェロはそれを拒否しました。大きな天井にそれだけでは構成として淡泊であるということ、もっと自分の思想や教義を深く表現したいという気持ちが強かったようです。
ミケランジェロの倍近い年齢の教皇も、この主張には折れた訳ですから、よほどの剣幕だったのでは…と想像します。

結果として、側面も含めて約800㎡(バスケットコート2面分)の広さに、300人以上の人物が描かれた壮大な壁画が、4年がかりで完成することになります。

画像: システィーナ礼拝堂の天井に描かれたフレスコ画

システィーナ礼拝堂の天井に描かれたフレスコ画

構成もすべて計算し尽くされていました。天井の中央には9つの旧約聖書の物語を据え、その周りに7人の預言者やキリストの家族、天使たちが散りばめられています。

また、遠近法や明暗法、短縮法などのルネサンス芸術の技術が駆使されていて、ひとつひとつの人物は生き生きと躍動し、平面なのにまるで立体であるような錯覚を覚えるのです。
これこそが、彫刻家ミケランジェロの本領発揮と言えます。

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絵画は、その表現が彫刻に似れば似るほど、完成度が高くなるものだ。

さらに、この天井画の手法が、ミケランジェロのこだわりと圧倒的な技術を裏付けています。
天井画はすべてフレスコ画で描かれているのです。

画像5: イタリア芸術 三大巨匠が交わる奇跡の世界線 <第7回>『画家ミケランジェロ ~後半生をかけた魂のフレスコ画~』【好奇心で旅する海外】<芸術百華>

フレスコ画であることの何がすごいのでしょうか??

‟フレスコ”というは、イタリア語で「新鮮な」という意味です。壁に漆喰を塗り、濡れているうちに水に溶かした顔料を重ねていきます。乾いてしまうと色は落ちないので、とにかく急いで乾かぬ前に書かなくてはいけない訳です。

想像してみてください。ミケランジェロが書いているのは手元のキャンバスではありません。高さ20mもある天井です。足場の上でずっと上を向き、塗料が顔にしたたり落ちながらの作業・・・それを素早く、完成した時の色味やバランスを組み立てながら、描いていく・・・。
判断力、デッサン力、忍耐力、精神力! すべてが兼ね揃っていないとできない神業です。

ミケランジェロはこれに対して、こう愚痴を漏らしています。

画像6: イタリア芸術 三大巨匠が交わる奇跡の世界線 <第7回>『画家ミケランジェロ ~後半生をかけた魂のフレスコ画~』【好奇心で旅する海外】<芸術百華>

顔に塗料は落ちてくるし、腰も痛いし首も痛い!頭がおかしくなりそうだ。

ただ、ここまで骨身を削ることになったのには、ミケランジェロにも少し原因があります。

ミケランジェロは、フィレンツェから連れてきた助手たちを次々とクビにしてしまったのです。
フレスコ画の大作を制作する場合、多くは助手をうまく使いながら作業を進めます。しかし、ミケランジェロの「自分でやらないと気が済まない」頑固な性格が、ここでも顔を出したのでした。

結果的に作業もなかなか進まず、長い年月を要したと言われています。
見かねたユリウス2世が「いつ完成するのかね?」と尋ねると、こう返したと言われています。

画像7: イタリア芸術 三大巨匠が交わる奇跡の世界線 <第7回>『画家ミケランジェロ ~後半生をかけた魂のフレスコ画~』【好奇心で旅する海外】<芸術百華>

私が終わったと言った時です!
もう、うるさいなぁ!

紆余曲折がありながらも、制作開始から4年後の1512年に傑作は完成します。
作品を心待ちにしていたユリウス2世は、完成を見届けた3か月後に世を去りました。

運命の出会い④ 教皇とミケランジェロ、敵か味方か…数奇な関係性

37歳の時に天井画を完成させてから23年、既に還暦を迎えていたミケランジェロのもとに、新たな依頼が舞い込んできました。システィーナ礼拝堂の祭壇画の制作です。依頼をしてきたのは、時の教皇クレメンス7世でした。

実は、先の天井画が完成してから、再びミケランジェロに礼拝堂の制作依頼が入るまでの20年あまりで、時代は大きく変貌していました。

クレメンス7世

天井画が制作されていた1500年前後は、イタリアはまだルネサンス最盛期の時代でした。しかし、程なくしてヨーロッパには宗教改革の嵐が吹き荒れます。そして、フランスと神聖ローマ帝国(現ドイツ)によるイタリアを巡る戦争が再燃し、イタリアに派遣された傭兵たちによる‟ローマ略奪”により、芸術の都ローマも大きなダメージを受け、ルネサンス終焉のきっかけとなりました。

一方、フィレンツェでは、教皇のバックアップを受けていたメディチ家を追放する共和派の動きも活発になります。その中にミケランジェロも含まれていました。
ミケランジェロと言えば、今まで歴代の教皇およびメディチ家と深く関わり、多くの作品制作の依頼も受けていましたよね。ある意味、それまでの関係を裏切る行動とも言えます。
しかし結局、共和派が敗北し多くの指導者が捕らえられた時、ミケランジェロを匿ったのはメディチ家だったのです。

自らを裏切ったともいえるミケランジェロに、キリスト教の復興を願い、再び祭壇画の依頼をしたクレメンス7世
そして、一時は反旗を翻すも、再び教皇の依頼を受け、パトロンと芸術家の関係を続けたミケランジェロ。なんとも不思議な両者のつながりはミケランジェロ晩年まで続くのです。

執念の大作‟最後の審判”は、時代を映す鏡でもあった

さて、話を戻しましょう。教皇からの依頼を受けたミケランジェロは祭壇画制作に取り掛かります。
‟最後の審判”とは新約聖書をもとにしたもので、世界の終わりに主イエス・キリストが再臨し、死者がキリストの裁きを受けるという場面を描いたものです。

この作品に描かれた人物は実に約400人以上。中央の堂々たるキリストとその横でうずくまる聖母マリアを中心に、向かって左には天国に昇る人々、右には地獄に堕ちる人々が、表情豊かかつ大胆に表されています。
天国か地獄か?!運命の宣告を前に、人間の恐怖と混乱が渦巻く様子がとてもリアルです。

また、忠実な人物描写ではなく、体をわざとねじまげたり引き延ばすことで、よりドラマチックに見せる手法は、ルネサンスから次の時代(マニエリスム)への変化を象徴しているとも言われています。

画像: システィーナ礼拝堂祭壇画‟最後の審判”

システィーナ礼拝堂祭壇画‟最後の審判”

画像8: イタリア芸術 三大巨匠が交わる奇跡の世界線 <第7回>『画家ミケランジェロ ~後半生をかけた魂のフレスコ画~』【好奇心で旅する海外】<芸術百華>

宗教改革やイタリアで巻き起こった戦争など、激動の時代を経て、ミケランジェロの作品も徐々に変化していったのね。

ここで一つ、上の絵画から探してみてください。
‟ミケランジェロが愛した女性がモデル(かも?)とされている人物”はどれでしょうか?

そもそも‟最後の審判”で描かれている人物は、どれも筋肉隆々とたくましく描かれています。
一説にはミケランジェロは女性に興味がないがゆえ、とも言われていますが、、、
ただ、当シリーズ第5回でご紹介したピエタ像を思い出していただくと、ミケランジェロは美しい女性を表現できない訳ではない!ということがお分かりいただけれるかと思います。

さて、正解は・・・

画像: 執念の大作‟最後の審判”は、時代を映す鏡でもあった

中央のキリストの向かって左側、緑の服に白いスカーフを巻いた女性では??と想像されています。
立証できる材料は他になく、あくまで一説とはなりますが…制作当時ミケランジェロが恋心を寄せていた貴族階級の未亡人ヴィットリア・コロンナが、作品のどこかにいるのではないか、、、と多くの研究家は唱えています。

完成時は、全裸が多く不道徳だと非難の声が上がり、別の画家によって腰布が加筆されるなど、物議を醸した作品でもありました。
しかし、全てはミケランジェロの揺るぎない信念のもと生まれた、見る者を圧倒する群像劇であると考えると納得がいくように思います。
完成時、ミケランジェロは66歳になっていました。

時代と出会いに翻弄された88年の人生

ミケランジェロの88年余りの人生の間に、教皇は13人代わりました。そのうち、実に9人の教皇からの制作依頼を受けています。それだけ、ミケランジェロの芸術家人生と教皇をはじめとする時の権力者とのつながりが複雑で深かったことが分かります。

一方で、ミケランジェロが常に権力に屈し、なびきながら創作活動を行っていた印象はあまり受けません。時に対立、抵抗することで自らの信念を貫きながらも、権力者からの要求に必死に食らいついていったように感じます。
後世に傑作を多く残したことから‟神のごとき”と称されたミケランジェロですが、そういったところからは苦闘やジレンマも垣間見れ、人間味が感じられると思うのですが…いかがでしょうか。

おわりに

ルネサンス時代の巨匠としてレオナルド・ダヴィンチとも比べられ、その難しい性格や、見る者を圧倒する作品から、少し近寄りがたい雰囲気のミケランジェロですが‥‥
その裏の素顔や意外な一面をご紹介することで、芸術家としてのミケランジェロやその作品に少しでも興味を持っていただけたら幸いです。

次回からは、‟ルネサンスの貴公子”ラファエロをご紹介します。
是非引き続きお付き合いください!

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私とはここでお別れです。ここまでお読みいただき、ありがとうございました!次のシリーズも是非ご覧ください!

シリーズ全10回好評公開中!
1回目「ダ・ヴィンチだけじゃない!ルネサンスって何?」
2回目「世界に轟く天才の名、レオナルド・ダ・ヴィンチとは!?」
3回目「意外と知らないダ・ヴィンチ真作の秘密」
4回目「失われた絵画!?ダ・ヴィンチ VS ミケランジェロ?」
5回目「生まれながらの彫刻家ミケランジェロ、運命の出会いとピエタ像」
6回目「孤高の職人ミケランジェロ ~偏屈キャラって本当?」
7回目「画家ミケランジェロ ~後半生をかけた魂のフレスコ画~」
8回目「“聖母のラファエロ” ダヴィンチからの影響と美へのこだわり」
9回目「天才ラファエロはルネサンス時代の有能なプロジェクトリーダーだった」
10回目「ルネサンスの天才が残したもの、私たちが出会うもの」

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