<音楽鑑賞の旅>『ツアー紹介:バッハフェストとドゥダメル指揮のベルリン・フィル バッハの足跡をめぐる ベルリン・ライプツィヒ・アイゼナッハ 7日間』Part3 ~山本直幸講師の音楽の旅情報~
バッハが28年間過ごした街ライプツィヒ
▷ライプツィヒ
当時、神聖ローマ帝国内で最も繁栄した都市でした。
1723年5月、バッハは市参事会で、ライプツィヒ市の音楽監督兼トーマスカントル(カントルは「聖歌隊指揮者」の意)に採用されました。
但し、採用に際しては、ハンブルクの音楽監督兼カントルだったテレマンが就任要請を断ったために決まったという経緯があり、その後の市参事会との対立を予感させるものでした。バッハが長年住んでいた住居は、聖トーマス教会に隣接した付属学校内にありましたが、現存していません。その向かい側にはバッハがよく出入りしたといわれている裕福な商人の家があり、1973年以降バッハ...