日本でも大人気の三国志!クラブツーリズム独自の視点からシリーズでその魅力を探ります!
画像: 関羽が堅守した荊州城(イメージ)

関羽が堅守した荊州城(イメージ)

皆様、こんにちは!クラブツーリズム中国五千年倶楽部を担当しております王と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
師走の候に入り、寒さも日に日に増してきましたね。通常なら忘年会の集中シーズンですが、今年は、自宅で晩酌しながら三国志を読み、三国志の世界に酔い浸かって過ごすのも一案かもしれませんね。余談はさておき、早速このシリーズの第三回、『お酒が作った三国志』の本題に入りましょう。

三国志の本当の主役がお酒?!

今回のタイトルを見たら既にお気づきかと思いますが、確かにお酒の話がよく三国志に出ていますね。誓いのお酒に誘惑のお酒、戦う前の激励のお酒、勝利を祝うお酒、負けた時の悔しいお酒に悩み酒、送別のお酒に再会のお酒… 三国志には「お酒」に関する記述はなんと319回にも及んだとある酒好きの人が根気よく数えたそうです。
三国志は全部で120話があるので、平均にしたら一話につき2.5回以上も登場しているお酒は、ある意味、目立たない三国志の「主役」とも言えますね。では、著者の羅貫中にとってのお酒はどのような存在なのか、そして、「お酒」はどのように登場し、何の役割を果たしていたのでしょうか。ちょうど師走というお酒が恋しくなる季節でもありますので、『お酒が作った三国志』の話を、「一杯」だけでなく、「二杯」までご用意しました。今回はまず一杯目で、次回(12月27日)は二杯目と、ぜひゆっくり味わっていただければと思います。

「魔法の筆」のお酒

さて、まず三国志を書いた羅貫中(らかんちゅう)は酒好きかどうか調べるようはありませんが、人物を描く時、物語の雰囲気を引き立てる時、読者に違和感を感じさせず飽きさせず、「お酒」を一つの「スキル」として巧みに使っています。その例として、関羽を描く三か所をかいつまんでご紹介させていただきます。

例の① 関羽が三国志に初登場する場面
「手押し車を押しながら、一人の男が現れてきた。店に入ったとたんに、”早く酒を持ってこい!飲んだら俺が義勇軍に参加するんだ!”」。ここで、直接に関羽の外見などについて述べるのではなく、先に「酒を持ってこい!」と、数文字だけで関羽の飾り気ない率直な性格を表現できました。

例の② 物語~『関羽、酒なお温かき時に華雄を斬る』(関羽温酒斬華雄)

画像2: え~?これも三国志?! 
  <第3回>『お酒が作った三国志 一杯目』
【好奇心で旅する海外】<歴史の時間>

袁紹が盟主で、曹操、劉備、公孫瓚(こうそんさん)らの群雄が集結し董卓(とうたく)を討伐(とうばつ)する際、曹操が応戦に出る関羽に激励のお酒を出したら、関羽が「奴の首を切り取ってから飲んでも遅くない」だけを言い残し、馬に乗って敵陣に奔り行きました。咄嗟の間に関羽が敵軍の猛将・華雄(かゆう)の首を手にぶら下げて帰ってきて、曹操が出していたお酒はまだ温かいままだったと書いてあります。関羽がどうのように華雄と戦ったのかについては一言も触れていませんが、「お酒がまだ温かいまま」の一文を使ってモノを語り、関羽の勇猛ぶりを読者に想像させました。

例の③ 物語~『関羽 骨を削り毒を除く』(関羽削骨療傷) 
襄樊攻めの時、毒矢のケガを負った関羽が名医の華陀(かだ)に治療してもらう場面。華陀が関羽の右腕の肉を切り裂け、ナイフで骨に染込んだ毒を削り取っても、関羽が周りの将士らと何事もないように談笑しながら酒を飲み、囲碁を打っていたと書いてあります。関羽の表情などに関する記述は一切ありませんが、「談笑に酒」と淡々とした表現だけでも、関羽の忍耐強さが読者に伝ってきますね。

画像3: え~?これも三国志?! 
  <第3回>『お酒が作った三国志 一杯目』
【好奇心で旅する海外】<歴史の時間>

「お酒」を小説を書く「スキルの一つ」として、自由に筆を紙に縦横できた羅貫中は、まさに「酒好き」で、飲める人ですね!

失敗を招き、命取りの「お酒」

酒好きの三国志の人物と言えば、張飛が断トツ一位に数えますね。張飛とお酒の物語を3つほどお話ししましょう。
その① 『張飛 酔い暴れて督郵を鞭打ち』 劉備、関羽、張飛の三人が「桃園の誓い」の後、劉備が長官を務める町に朝廷(中央政府)から視察官の督郵(とくゆう)が派遣されてきました。酔っぱらった張飛が督郵の傲慢っぷりを見て血が頭に上がり、督郵を激しく鞭打ちしてしまいました。張飛のこの酔い暴れがきっかけで、劉備が長官を辞職し、つい漢王朝復興の旗を掲げ、独立奮起の道へと踏み出すこととなりました。

その② 『張飛 酔い潰れて徐州を失う』 劉備が袁術(えんじゅつ 軍閥)を討伐しに行く際、心配して再三お酒を控えるようと念押ししてから張飛に徐州の留守番にさせたが、劉備が城を出たばかりなのに、「明日より禁酒するんだから今夜は思い切り酒を飲もう」と張飛がすぐさま宴会を開きました。参加者の一人、部下の曹豹(そうひょう)は元々飲めない人なのに、酔った張飛にしつこくお酒を勧められ、耐えられず断ったら、目上の言うことを聞かない奴だと怒った張飛に激しく殴られました。しかし、なんとこの曹豹は実は呂布(三国志一番の武将)の義理の父親であり、張飛が泥酔で寝たその夜に、曹豹が呂布と手を組んで簡単に徐州を奪い取りました。
張飛の今回の酔っぱらいで、劉備は妻子が呂布に捕まっただけでなく、初めてやっと手に入れた居場所の徐州まで失ってしまいました。

その③ 『張飛 酒を酔って寝首を斬られる』 関羽の死を知った張飛が断腸の極まりでお酒を増すばかりでした。兄貴の仇討ちしか頭にない張飛がすぐに出兵することを決心し、部下の范疆(はんきょう 文官)らに全軍の喪服を3日以内に整えろと命じました。理不尽の命令に難色を示した范疆らが張飛に50回の鞭打ちの刑を下されました。3日では到底何万人の喪服は作れないし、どうせ殺されるならと思った范彊らは、泥酔して寝た張飛の首を斬り、箱に入れて呉へ逃げ去っていきました。

画像4: え~?これも三国志?! 
  <第3回>『お酒が作った三国志 一杯目』
【好奇心で旅する海外】<歴史の時間>

ちなみに、張飛のお墓が二か所あります。一か所は殺害された現在の四川省・ロウ中にあり、もう一か所は彼の首塚で、現在の長江三峡エリアの雲陽に残っています。

画像: 張飛が殺害されたロウ中城(イメージ)

張飛が殺害されたロウ中城(イメージ)

画像: 長江三峡エリアの雲陽 張飛の首塚が残る(image)

長江三峡エリアの雲陽 張飛の首塚が残る(image)

さて、お酒で死んだ英雄は張飛の他、曹操側の武将・典韋(てんい)もその一人です。典韋は両手で重さ40キロもする戟(ほこ 武器)を軽々舞い、かの呂布でも勝負できない三国志3番目の名将で知られています。南陽攻撃の物語では、女色に迷った曹操が陣屋の見張りを典韋に任せたが、典韋がお酒を飲み過ぎて武器の戟を力持ちの胡車児(こしゃじ)に盗まれました。夜、急襲してきた敵兵を前に、典韋が傍の兵士の刀を抜き取って慌てて応戦し、刀の刃がボロボロになってから今度は空手で戦った挙句、体力が尽きて矢の雨を浴びて乱兵の中で惨死しました。南陽での惨敗は曹操にとって、典韋という屈指の武将だけでなく、長男と甥の二人に愛馬の「絶影」も失いました。

かつてたった一人で長坂橋(ちょうはんきょう)に仁王立ちし、一喝だけで曹操万人の兵までも撃退した英雄の張飛、そして、3回も乱軍から身をもって曹操を救った猛将の典韋、二人ともお酒の飲み過ぎが命取りになり、無残な死で一生を終えました!

禁酒令に高い代償を払った英雄

お酒の「悪口」をお話しましたが、お酒をやめたらすべてが順調にいくのでしょうか。三国志随一の勇将とされる呂布の話からその答えを見つけてみましょう。

張飛の酔っぱらいで簡単に徐州を手に入れた呂布ですが、美人妻たちに美酒と、享楽(きょうらく)を貪るばかりで日々を過ごしていました。曹操に徐州城を囲まれ、戦に出陣しても体が思うように動けなくなり、ある日、鏡に向かったら、憔悴した顔に筋肉が弛んできた自分の姿を見て、呂布が深く反省し思い切って禁酒令を出しました。

呂布自身が率先して固く禁酒令を守っていましたが、ある日、なんと部下の候成(こうせい)が嬉しそうにお酒とご馳走を持ってきました。盗まれた15匹の馬が無事に取り戻せたのでぜひ呂布にも喜んでもらいたくて、貴重な名酒をなんとか入手してわざわざ持ってきたと侯成が説明したところ、禁酒令を破った処罰として、侯成が呂布に50回の棒打ちされた上、更に彼の首を斬って城門に下げて見せしめにするまでと言い渡されました。周りの人の呼び止めでやっと一命を留めた侯成がこのことで呂布を恨み、後に仲間と手を組んで呂布の「赤兎馬」と武器の画戟(がげき)を盗み、そして戦い疲れて城門で寝込んだ呂布を縛り曹操に降参しました。その後、呂布が絞首(こうしゅ)され、白門楼(はくもんろう)にさらし首にされました。

画像: 禁酒令に高い代償を払った英雄

風貌も武術も三国随一の呂布、酒色に溺れて、ついに決心して禁酒令を出しましたが、命令の執行にあたり柔軟性が欠けたため、命を失うという高い代償を払いました。
また、張飛と呂布の共通点としては、行き過ぎた処罰で恨みを買ってしまい、ともに部下に裏切られました。まさに「パワハラに要注意!」ですね(笑)

そして、官渡の戦いで、勢力の強い袁紹が逆に曹操に負けた原因もお酒に関係があります。酒好きの守衛将が泥酔の夜、肝心の兵糧倉庫が曹操に急襲されて焼かれてしまいました。これより、曹操と袁紹の勢いが逆転し、結果、曹操がわずか7万の兵で袁紹70万の大軍を破り、史上有数の「弱が強を、小が大を勝った名戦い」を作り上げました。
ほか、三国志の中で、お酒で失言したり、誤って人を殺したりとかの失敗談がまだまだたくさんありますが、「飲み過ぎ」が良くないので、今回一杯目の話は、この辺で一旦終わらせていただきます。

酔い覚めクイズ

最後に、酔い覚めクイズをご用意いたしました。泥酔で寝首を斬られた張飛の首塚があるのはどこでしょうか。正解は答えた後に画面に表れてきます。

  • 成都
  • ろう中
  • 雲陽(うんよう)
  • 徐州(じょしゅう)
  • 成都
    13
    5
  • ろう中
    23
    9
  • 雲陽(うんよう)
    46
    18
  • 徐州(じょしゅう)
    18
    7

正解は雲陽です。
張飛が殺害されたのが四川省のロウ中ですが、范疆らが彼の首を斬り、箱に入れて呉へ逃げていきました。途中の雲陽で箱を捨てたと言われています。現在、長江三峡エリアの雲陽には張飛の首塚、ロウ中には首なしの胴体のみのお墓が残っています。
※成都は蜀の首都。徐州は張飛の酔っぱらいで失った町。

いかがでしたか?正解でしたか? 
次回は『お酒が作った三国志 二杯目」です、
まだまだ「美味しいお酒の話」がたくさんあります!
12月27日のをぜひお楽しみください。

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