ルネサンスの三巨匠のひとりラファエロ。なぜ彼は37年という短い人生で多くの作品を残し、ルネサンス時代と現代に大きな爪痕を残すことができたのか?
『芸術家としての技術』だけに留まらない、周囲の人々や作品創作に対する向き合い方も大きく影響しているようです。ラファエロの後半生をご紹介します。

はじめに

皆様、こんにちは!クラブツーリズム海外担当です。
シリーズ「イタリア芸術 三大巨匠が交わる奇跡の世界線 」第9回です。
ルネサンスの巨匠の3人目として、前回から‟聖母の画家”ラファエロをご紹介しています。

37歳で夭逝するまでに多くの作品を手掛けたラファエロですが、彼の人心掌握術や、プロジェクトリーダーとしての才能が、その多岐にわたる創作を可能にしたとも言われています。
また、あのミケランジェロとの関わりにも注目してみましょう・

▼前回までの記事をまだご覧になっていない方は、こちらからどうぞ!
ルネサンスとは?そして、巨匠ダヴィンチの数々の謎、ミケランジェロの意外な一面などについてのお話です。

ラファエロ念願の教皇案件は壮大なプロジェクト

25歳くらいの頃に、ラファエロ・サンティは主な拠点をフィレンツェからローマに移したようです。
それまでも、同時期にフィレンツェに滞在していたレオナルド・ダヴィンチやミケランジェロなどの影響を受けながら、着々と実績を積んでいたラファエロですが、教皇ユリウス2世に招かれる形でローマ・ヴァチカンに赴いたのではないかと言われています。

そこで早速とりかかったのが、ヴァチカン宮殿の居室の装飾制作です。

結果として、ラファエロがなんらか関係した部屋は続きの四間であり、総称して『ラファエロの間』と呼ばれています。

では、まずこの『ラファエロの間』の全体の配置を確認してみましょう。

Vatican Museums HPより抜粋

そもそもヴァチカン宮殿は、ローマ教皇や高位聖職者たちの活動の拠点であり、広大です。
その一部が現在では美術館として公開されていますが、さらにその一部に『ラファエロの間』があります。『ラファエロの間』は当時の教皇の居室部分でした。上の宮殿マップの中で赤く囲んである部分です。宮殿の大きさがご想像いただけますか?

4つの居室『ラファエロの間』はこうして生まれた

そして、こちらが『ラファエロの間』がある部分の拡大図です。

         

4つの部屋は続きの間ですが、ラファエロが装飾や壁画を手掛けた順番は並びの順ではありません。
時系列ですと①→②→③→④の順に部屋の装飾は制作されました。
各部屋は、それぞれ当時の部屋の用途にあわせてテーマによって装飾されています。
例えば、教皇の図書室として使われていた部屋であれば、蔵書に関係する神学や哲学などをテーマに据える…といった具合です。テーマに沿った装飾は壁だけでなく、天井画や柱など部屋全体にわたっています。

では続いて、4つの部屋それぞれにおいて代表的な壁画をご覧ください。
こちらは左上から制作が早い順に並べています(①→②→③→④)。
見比べた時、皆さんはどのような印象を持たれますか??

①『署名の間』アテネの学堂

②『ヘリオドロスの間』ヘリオドロスの追放

③『火災の間』ボルゴの火災

④『コンスタンティヌスの間』コンスタンティヌスの寄進状

画像2: イタリア芸術 三大巨匠が交わる奇跡の世界線 <第9回>
『天才ラファエロは、ルネサンス時代の有能なプロジェクトリーダーだった』【好奇心で旅する海外】<芸術百華>

どの作品も、とても大勢の人が登場するんですね!

画像3: イタリア芸術 三大巨匠が交わる奇跡の世界線 <第9回>
『天才ラファエロは、ルネサンス時代の有能なプロジェクトリーダーだった』【好奇心で旅する海外】<芸術百華>

でもよく見ると…これ全部ラファエロの作品??なんとなく画風が違うような‥‥

はい、確かに4つの壁画は作品の特徴、風合いがだいぶ異なりますよね。なぜでしょう?
それには、いくつかの理由が考えられます。

天才画家にして、有能なプロジェクトリーダー

まず前提として、『ラファエロの間』はラファエロが一人で制作した訳ではありません。
『ラファエロの間』の制作がはじまった1508年頃、ラファエロは実は多忙を極めていました。
ヴァチカン宮殿の別の装飾や、大きな祭壇画といった教皇からの依頼に加え、他の貴族たちからの発注も請け負っていたのです。その仕事を全て遅れることなくこなしていくために、ラファエロは自身の工房を構え、多くの弟子や共同制作者を迎い入れていました。
優秀な弟子たちはラファエロの構想や意図をしっかり理解し、手となり足となり動きました。ラファエロは自らが下絵を描き、その続きを弟子に託したり、場合によっては的確な指示のもと、下絵から弟子に任せるなど、リーダーとしての素質を発揮しながら立ち振る舞っていたのです。
また、既に経験のある共同制作者たちには、彼らの得意分野にあわせ、適材適所の配置を行っていたようです。
つまり、教皇の居室はラファエロの指揮のもと、彼の理想とする姿に生まれ変わっていきましたが、弟子や共同制作者の携わり具合によって、作風や技法は微妙に異なっているのです。
その最たるものが、4番目に完成した『コンスタンティヌスの間』です。実は、この部屋の制作がはじまって間もなく、ラファエロは急逝します。その話は追ってまた触れますが、それにより制作のほとんどは弟子たちによって引き継がれています。ただし、ラファエロは既に壁画の構想を大方終えていたため、弟子たちはその構想に沿って作品を完成させたと言われています。

天才は天才から学んだ?!

一方、ラファエロ自身の作風が時代とともに変化した、ということも理由のひとつです。
ラファエロはローマで制作をはじめてから亡くなるまで、12年の月日を費やしています。その間に、心境の変化や様々な外的影響を受け、作風は徐々に変化したと言われています。

最初の部屋①『署名の間』‟アテネの学堂”を改めてご覧ください。古代の哲学者が集結しているのですが、人物は整然ときれいに並んでいます。特に後列はその傾向がはっきりしていますね。
中央の点(ここでは奥のアーチのあたり)に向かって線を集める遠近法により、立体感がもたらされているのも特徴です。
一方、②‟ヘリオドロスの追放”や③‟ボルゴの火災”についてはどうでしょう。
①と比べて、躍動感、うねり、勢いが感じられませんか?色合いも明暗がよりはっきりした印象があります。
これは、あのミケランジェロの影響が大きいと言われています。

画像4: イタリア芸術 三大巨匠が交わる奇跡の世界線 <第9回>
『天才ラファエロは、ルネサンス時代の有能なプロジェクトリーダーだった』【好奇心で旅する海外】<芸術百華>

ミケランジェロ!
そういえば、ミケランジェロは躍動感あふれる力強い人物を描くのが得意でしたね。

そうなんです。ラファエロが教皇の居室の制作に取り組んでいた頃、ミケランジェロはまさに『システィーナ礼拝堂』の天井画を描いている真っ最中でした。

残っている逸話によれば、ラファエロは制作中のシスティーナ礼拝堂をこっそり訪れては、天井画を目の当たりにし、その技術を自らの作品に取り入れていたようです。

それを知って、苦虫をかみつぶしたような顔をしたのは、ミケランジェロ。

画像5: イタリア芸術 三大巨匠が交わる奇跡の世界線 <第9回>
『天才ラファエロは、ルネサンス時代の有能なプロジェクトリーダーだった』【好奇心で旅する海外】<芸術百華>

なにっ、人の作品を盗み見して参考にするとは…けしからん!
それで結局みんな、優れているのはラファエロだ、とか言うんだろどうせ

そもそもシスティーナ礼拝堂の天井画においても、弟子すらクビにして、たった一人で黙々と制作に取り組んでいたミケランジェロです。工房を構えて大所帯で事業に取り組むラファエロとはあまりにも対照的であり、同時代に活躍する二人の天才画家は何かと比較されていたため、ミケランジェロにとっては余計に煩わしい存在になっていたようです。

また、12年の間には、教皇も代替わりしています。ラファエロをローマに呼び寄せたユリウス2世治世の波乱の時代から、続くレオ10世の小康の時代へと移り、作風も教皇の意向にあわせたものになったとも言われています。

急逝するまでの足掛け12年にわたり、ラファエロは周囲の環境や時代を巧みに読み取り吸収しながら、教皇居室の制作に携わっていたと考えられています。

こっそり出演?していた天才画家たち

4つの居室の中でも最初に装飾された『署名の間』において、ラファエロの代表作品のひとつとされる‟アテネの学堂”について、登場する人物について少し触れておきましょう。

この作品では、「哲学」をテーマに古代の哲学者たちがバランスよく描かれていますが、実は登場人物の多くは、ラファエロと同時代を生きた実在の人物がモデルになっています。
是非探してみてください。いくつ分かりますか??

画像: こっそり出演?していた天才画家たち

では、いくつか代表的な人物を紹介しましょう。

中央の人物、天を指さすのは哲学者プラトンです。
長い髭が特徴的ですが、、、これはレオナルド・ダヴィンチがモデル。

ラファエロは前回の第8回でも説明の通り、ダヴィンチの影響を強く受けており、聖母像からもその変化が見てとれます。

そして中央手前で頬杖をついているのが、哲学者ヘラクレイトスです。

こちらは、あのミケランジェロがモデルです。

ミケランジェロからは敵対視されていましたが、ラファエロにとっては自身の活動に刺激を与える重要人物であったようです。

ちなみに‥ヘラクレイトスは古代ギリシャで最も偏屈な哲学者だそうです。。。

右隅で黒帽子をかぶった人物。一説にはギリシャの画家アペレスとか。

これは‥‥ファラエロ本人ですね。

遠慮気味に人ごみに紛れて描きつつも、当時は歴史上最高の画家と言われていた人物のモデルを自分にするあたり…ラファエロらしいのかもしれません。

ラファエロが携わった4つの居室について、その変遷とともにご覧いただきました。
それぞれの居室には、ご紹介した壁画以外の見どころも多く、是非実際に生でご覧いただきたい芸術作品のひとつです。

ラファエロの最期は突然に…

ラファエロは37歳の時、熱病で急逝します。
病を患ってから亡くなるまで2週間余りとも言われており、本人にとっても予期せぬ出来事でした。
辛うじて遺言として、自らの埋葬場所をパンテオンにしてほしい旨を残したものの、多くの仕事は思わぬ形で制作主を失うこととなった訳ですが、それまでの的確な指示出しや残っていた構想を元に、弟子たちによって引き継がれました。

なお、遺作は‟キリストの変容”です。
キリストが神であることを示す場面と、キリストが奇跡を起こす場面が同時に描かれている二重構造となっており、ラファエロの技術が詰まった集大成ともいえる作品です。奇しくもこの作品の完成を間近に、ラファエロは急逝し遺作となってしまいました。
思わぬ病に倒れたとはいえ、亡くなる直前まで数多くの作品を遺したラファエロには、天才画家として太く短かい人生を駆け抜けた、鮮烈な印象を覚えませんでしょうか。

終わりに

今回はラファエロが携わったヴァチカンの教皇居室『ラファエロの間』を中心に、後半生を辿りました。いかがでしたでしょうか。

さて、いよいよ次回はこのシリーズも最終回です。
ルネサンス、そして3人の巨匠たちは後の時代に何を残したのか。
また、現代の私たちがルネサンス時代の傑作や巨匠たちの面影に出会える場所をご紹介したいと思います。
最後までお付き合いいただけましたら幸いです。

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