バッハが28年間過ごした街ライプツィヒ
▷ライプツィヒ
当時、神聖ローマ帝国内で最も繁栄した都市でした。
1723年5月、バッハは市参事会で、ライプツィヒ市の音楽監督兼トーマスカントル(カントルは「聖歌隊指揮者」の意)に採用されました。
但し、採用に際しては、ハンブルクの音楽監督兼カントルだったテレマンが就任要請を断ったために決まったという経緯があり、その後の市参事会との対立を予感させるものでした。バッハが長年住んでいた住居は、聖トーマス教会に隣接した付属学校内にありましたが、現存していません。その向かい側にはバッハがよく出入りしたといわれている裕福な商人の家があり、1973年以降バッハ記念館になっています。

ドイツ ルネサンス建築を代表する建物でバッハ採用の場となった旧市庁舎
バッハはカントル就任後の5年間、教会カンタータを毎週1曲、作曲したといわれています。その半数以上が失われ、現在残っているのは約140曲ですが、現存するカンタータの総数が約200曲なので、その7割を占めることになります。
さらに合唱が活躍する曲として、モテットも7曲書いています。モテットはトーマスカントルの仕事の一つである葬送のための音楽として作曲されました。
レパートリーとして十分なカンタータを持つことができたバッハは、1727年以降大規模な声楽曲の創作に着手します。
すでに1724年に作曲した「ヨハネ受難曲」に次いで、1727年に「マタイ受難曲」を完成させ、聖トーマス教会で自ら初演しています。
そもそもバッハの仕事は、ライプツィヒにある聖トーマス教会など主要4教会のために教会音楽を作曲・上演したり、トーマス教会付属学校で教鞭をとったり、市の行事にも音楽を提供したりという超多忙なものでした。作曲活動は最も充実していた時期ですが、オルガニストとしての名声も頂点に達していました。特に1931年にドレスデンに招かれ、後に長男フリーデマンがオルガニストを務めるソフィーン教会で2時間に及ぶ演奏会を催して絶賛され、後のドレスデンでの足場を築いています。

聖トーマス教会内部
ライプツィヒ時代の後半に入ると、声楽曲に注目すべき動きがありました。それまでプロテスタントの教会音楽としてドイツ語で作曲していましたが、ラテン語の曲を書くようになったのです。それは市参事会や教会との争いを繰り返すようになったバッハが、箔をつけるためにライプツィヒが属していたザクセン選帝侯国の「宮廷作曲家」の称号を強く望んだからです。
時のザクセン選帝侯フリードリヒ・アウグスト1世は、ポーランド王位継承するためにカソリックに改宗し、その後を継いだフリードリヒ・アウグスト2世もカソリックだったので、献呈するためにはラテン語の曲を作曲する必要があったといわれています。実際に1733年にフリードリヒ・アウグスト2世の即位時に「ロ短調ミサ曲」の第1部「キリエ」と「グロリア」を献呈し、1736年11月に念願の「ザクセン選帝侯およびポーランド王」宮廷作曲家の称号を授かっています。
またその年に再建されたドレスデン聖母教会の大オルガンの試奏に招かれ、12月に演奏会も催していますが、それは歴史に残る名演奏だったと伝えられています。

バッハがオルガンの試奏をしたドレスデン聖母教会内部
晩年のバッハは、もはや教会カンタータを書くことはなく、既存のコラールなどの改訂や再編纂に時間を費やしました。大国プロイセンのフリードリヒ大王に招かれ、ポツダムの宮殿で即興演奏を披露して賞賛されたことは、老バッハにとってこの上ない喜びになったはずです。その結晶が「音楽の捧げもの」になったからです。
そして声楽曲の集大成とも言える最後の大作「ロ短調ミサ曲」を完成させました。その頃から内障眼が悪化して2度の手術を受けましたが、結局失明したばかりでなく、体力も奪われ、1750年7月28日、ライプツィヒで65年の生涯を閉じました。遺体はヨハネ教会の墓地に埋葬されましたが、没後200年になる1950年に、聖トーマス教会内に移されました。

聖トーマス教会の内陣にあるバッハの墓所
バッハの聖地と呼ばれる教会
▷聖トーマス教会
戦災を受けたライプツィヒには、バッハゆかりの場所は、聖トーマス教会周辺に幾つかあるだけです。
13世紀まで歴史が遡る聖トーマス教会は、宗教改革後、バッハ以前からプロテスタント音楽で重要な役割を果たしています。800年以上前に創始された少年合唱団は世界最古の歴史を誇ります。
聖トーマス教会がバッハの聖地とまで呼ばれるのは、長年の活躍の場であったというだけでなく、教会の内陣に遺体が安置されているからです。その場所に「Johann Sebastian Bach」と記されたプレートがあり、1997年にはバッハが美しく描かれた新しいステンドグラスも完成しました。
教会の横には1906年に建立された台座3.20m、立像2.45mという巨大なバッハ像があります。
教会の正面に回ると、バッハ復興に貢献したメンデルスゾーンが3度の演奏会を催して資金を調達し、1843年に完成させたバッハの記念柱があります。

教会内にあるバッハのステンドグラス

教会正面側にあるバッハの記念柱

教会横にあるバッハ像
1904年以降不定期にライプツィヒで開催され、1999年から毎年開催されるようになった「バッハフェスト」は、6月、10日間の期間中約100の大小音楽イベントが催されるバッハの祭典で、世界中からバッハの信奉者が集います。そのクロージング公演では「ロ短調ミサ曲」が演奏される慣わしになっています。その会場になるのも聖トーマス教会です。
※画像は全て山本直幸講師提供
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同行講師のご紹介

講師:山本 直幸氏
ベルリン留学中6年間、オペラ・コンサート通いの日を送る。
特にヨーロッパの歴史や音楽・美術への造詣が深く、長年音楽旅行企画に携わり、ツアーにも同行し現地で案内役も務める。海外添乗・駐在日数は4,000日以上。音楽雑誌等に音楽旅行記事を多数寄稿。
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